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東日本大震災発生から1年

どうも1ヶ月ぶりになります。

今日は東日本大震災発生からちょうど一年目となります。

忘れもしない2011年3月11日、午後2時46分、日本史上最悪といってもいい震災が起こり、多大な被害に見舞われました。
あれから1年経ちましたが、いまだ多くの爪痕が残っています。
そういった状況の中、今もなお、被災地の復興に向けて精力的に取り組んでいる方々がいらっしゃり、そういった方々には本当に敬服致します。


さて、今日は震災当時のことを思い返してみたいと思う。

振り返れば、私はあの時ちょうど茨城県のひたちなか市に出張に行っている最中だった。
そのときは客先で作業をしていて、あと少しで作業が終わろうかという頃に大きな揺れが来た。

すぐさま避難経路から脱出し、外に避難した。
出口近くまで来たときには揺れはマックスになり、方向感覚も失わせるほど足もおぼつかない状態であった。
その後もしばらく揺れ続け、地面のコンクリートが波打っていて、車が上下に激しく揺さぶられたりと地震の恐怖というものをまざまざと見せつけられた。
更には窓ガラスは割れ、ブロック塀は崩れ道路に亀裂が走るなど、余りにも強大過ぎる力に言葉を失った。

地震が治まると、ひとまず安全な場所へ移動した。
そこで安否状況の確認を行なった。
しかしその後も巨大な余震があり、大地を震わせた。

外で待機している間、企業の消防隊なるものが建物の状況を確認していた。
2時間ほどたって、再開は不可能という結論が得られた。
そのため、作業を中断せざるを得なくなりまた後日の機会ということになった。

ともかく社用車にて帰路についたのだが、高速道路は通行止め、一般道路は蟻の大群の行列のごとく車の渋滞で溢れかえっていた。
進み具合は1時間に数メートルしか進まないような状況。
ただ不幸中の幸いのことに、私を含め3名いたため交代交代で運転していた。

そうこうしているうちに、深刻な問題が発生した。
エンジンはずっとふかし、車内は寒さを凌ぐためヒーターをつけていたのでガソリンが著しく減っていた。
このままでは途中でガス欠してしまう。
仕方なくヒーターを切り、エンジンも前進する時以外は切るようにした。

そうして何時間経過したことだろう。
ようやく渋滞を抜け出し、空いてる道に出たはいいもののガソリンの残りが4分の1ぐらいになっていた。
このままではガソリンが持たないので補給するためガソリンスタンドを探した。
しばらくしてなんとか見つけ出し、店側の都合により満タンには出来なかったものの補給することができた。

ガソリンが補充できた安堵感からか今度は空腹が襲ってきた。
前日の昼から食を取ってなかったため、落ち着いた時に一気に食欲がこみ上げてきたのだろう。
兎にも角にも、食べ物を手に入れるためコンビニを探したのだが、震災の影響からかどこも営業停止となっていた。
しばらくして営業しているコンビニを見つけ入ったが弁当は売り切れ、おにぎり、サンドイッチも売り切れ、あるのは菓子類。

が、何であろうと腹を満たすものであれば良かったため菓子を買ってそれで腹を満たした。
切羽詰まっていた状況であったが、そのときの菓子が非常に美味しかったことをよく憶えている。

その後はまた車を走らせ、各々の自宅に向かい、朝の8時ぐらいだろうか、半日近くかけてやっと自宅に帰ることができた。
部屋の中は散乱した光景になっているだろうと覚悟しながらドアをあけ中に入ったが、とくに倒れているものがなかった。
半ばホッとしたような感じで、自身の情報を確認するためテレビをつけると、案の定どの局も大震災の特番をやっていた。

が、その時は我が目を一瞬疑った。
巨大な津波が宮城を呑み込んでいる映像が流れていた。
家は流され、車は流され、ありとあらゆるものが流される。
映像ごしではあったがその恐怖は存分に伝わった。

更に追い打ちをかけるように福島原発に大きな異変が起こっていた。
メルトダウンを起こし、格納容器の圧力が上昇し爆発の危険が高まっていた。
そして最悪の事態が起こってしまった。

福島第一原発が爆発した。
この時ばかりは日本の終了が頭によぎった。
その後も他の原発が後を追うように次々に異変をきたしていった。

他にも、日常的な風景でも変わったことが起こっていた。
スーパーマーケットに買い物に行ったとき、そこには異様な光景が目に移った。
品が全くといっていいほどないのである。
食品といわれるものはことごとく品切れ、カップ麺も品切れ、更にはテッシュ、トイレットペーパー等生活必需品がないという始末。
まるで米騒動が起こった時のようだと例えればいいだろうか。

非日常的なことではあるが現実を思い知らさられる。
人間追い詰められると必要ないものであってもそれが必要であると錯覚してしまう。
本当に日本中が大パニックであった。

こうして綴ると、1年たった今でも鮮明に憶えている。


まだまだ復興には多大な時間を要しますが、少しずつ昔のような街並みを取り戻して頂けたらと思います。

元同盟員の方で被災された方々がいました。
その方たちはブラ三を引退せざるを得なくなりました。
その方々の現状は分かりませんが、無事であることを願っています。

最後に震災によって亡くられた方々のご冥福をお祈り致します。
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Author:オクト
ブラウザ三国志mixi17-24鯖でプレイしているオクトです。それなりに課金して楽しんでます。

ちなみにブログタイトルは三国志前世占いの結果に由来しています。

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